vol.315 ちょっと箸休み
2024-10-06
・かわかつ編集長の話し①
・18日の満月
・ムーンウォーター
・8時間のお祈り
・世界平和の祈りの感想
・白光の世界
・消えていく姿
え一前回はですね、まあ時間の話し。餅巾着さんの時間の話しのご質問というか、まあ BBSから採用させていただいておりますけども。
あの(前回の収録の)終わり頃にかわかつ編集長がですね、我々のその一学びについてこれるように自分が覚醒したというお話しがありまして。
マイクつけてます?はいじゃあどういうお話しなんでしょうかね。16日に何か変わったような?
(※動画収録日9月22日)
かわかつ)
あ、すみません今つきました。(覚醒なんて)そんな大げさなものじゃなくて恐縮なんですけれども、18日から。
僕あの、会長にはお話ししてたんですけど、日記を毎日つけるようにしまして、今4ヶ月目ぐらいなんですけど。
大げさですね、僕。変わったということじゃないかもしれないんですけど。
18日の満月の日があったんですけど、その時になんか硝子の瓶に水を入れて満月の光を照らしてたんですよ、瓶に。
それで何か「飲め」っていうのが…たまたま見て「飲むといいよ」みたいなことがたまたま入って頭の中に。それで、飲んで、そこから……ちょっと変わってきたのかな?みたいな。
どういうふうに変わったんですか?
かわかつ)
18日とりあえず飲んで、19日、(吉田)拓郎さんの編集とか、(宇宙全史)動画の編集とかしてて、そこから……ちょっとお話しすると思わなかったので全然まとまってないんですけど。
20日の夜にですね、夜の12時から明け方の8時、朝8時まで世界平和のお祈りをしてた時間があって。それが昨日なんですけど。
8時間?ずっと?それはすごいね。
かわかつ)
それもちょっとあの一、してた理由というのもちょっとカメラの前では言え…分かんないですけど、とりあえずしなきゃいけない状況になちゃって。
ん?
かわかつ)
しなければいけない状況になってしまって、お祈りを。
何でしなければいけない状況になったんですか?
かわかつ)
負荷というか、すごい体調不良がきちゃって、それで何か…寝れないし、もうヤバすぎるってなって、お祈りをしようと思って。
てかまあ今更こんなことに、こんな負荷が自分にも来るんだと思っちゃって。
それでまあ会長は、会長とかみわ様は(自分以外の)負荷を引き受けておられるので、いっぱい吐いちゃったりとか急に。あるとおっしゃられたので、会長の世界観からすると自然のことだと思うんですけど。僕はもう最近なんかもう、自分の人生頭打ちなのかなって、27歳で。伸びしろないんじゃないかという不安も18日以前にあって。
それで20日夜にすごい……まあまあの負荷が来てそこから世界平和の祈りをしていたんですけど、その感想を言う形でもよかったですか??
うん全然いいですよ。
かわかつ)
世界平和の祈りを多分3時間ぐらいしていた時点で、その祈りの意味について考えることがあって。
かわかつこうへいっていう……。
ちょっとおかしなこと言ってたらすみません。
重苦しいエゴの、光の届きにくい場所にいるわけじゃないですか。いるんだと思っていて。
この世界はなんか光の届きにくい場所にいて、でも祈りは教えてもらっているっていう恩恵?というのがあって、祈れているんだという風に思っていて。
何か世界人類が平和になりますようにっていう祈りが。
ちょっと今、僕めちゃくちゃエゴで話しちゃってるので、日記見ながら話してるんですけど、多分間違ったことがたくさんあると思うんですけど。
なんか白光の世界っていうのは…エゴにも、エゴには思いもよらない世界だなっていうのが。
ふっ。それはまあそうだ。
かわかつ)
思っていて、五井先生がいなければ、消えていく姿って教えもなくて。で、お祈りがなければ自分の天命も分かんない状態なんだってことは、その、祈っている時には思って。
それで何か。
祈りを続けていくと…消えていく姿というのが自分にも感じられる、一つ感じられるなという。
どういう風に感じられたの?
かわかつ)
苦痛ですね要は。肉体の苦痛。
とか精神的な苦痛というのが消えていく姿として現れているというのは、五井先生の教えでそうなんだというので。
(※ この場では会長の質問に対応した言葉が出せていないように見えたので補足をすると、消えていく姿の自分の感じた印象としては自分は鏡のようなもので、自分(鏡)に映った世界を現実として私は捉えていて、消えていく姿はその世界にいることで発生する汚れや垢。それがどんどん溜まっていくと鏡に世界が映らなくなり世界の観測もできなくなってしまう…祈りは内側から汚れを浄化していく感覚をその日は感じました。)
かわかつ)
自分の…祈りの中というのは自光の世界のことだと今思っているんですけど、エゴのない姿は…白光の世界に繋がること…なんじゃないかなという風に思って。で、逆に何か会長が以前お話しされた時に、瞑想中にどこと繋がるかが肝心だよというふうにおっしゃってたと思うんですけど。だから僕なんかすごい神さまみたいなとんでもないものと繋がったりとかするのが、っていう意味なのかなと思ったんですけど。お祈りというのはもう逆になんかすごい強いものとか、すごい神々しい…絢爛な仏像とかに繋がるわけじゃなくて、
ただ単にもう真っ白な世界に行くことなのかなというふうにその時は思って。
で、その真っ白な世界で雑音がなくなった時に、自分の…やりたいこととか自分の良心に…沿うってことはどうなのかなっていうのが何か…シンプルにわかるような状態なんじゃないかなというふうに思ったという感じですね。
そのエゴがない世界…っていうか、白光のお祈りの中の世界というのは、搾取する力がない世界なんじゃないかなというふうに思って、で、それで搾取されなくなる力が…お祈り、なのかな?っていうふうに…。
そこはちょっと違うね。そんな消極的なとこじゃないですよ。
まあちょっと時間がだいぶ過ぎたので、今回はこれはここでストップしよう。